医療の相違というときに、何を比較対象とするのかについてはいくつかの意見があると思います。ここでは保険制度、受診の仕組み、医療機関、医療提供体制、医療の質、ホスピタリティーというポイントについて日本とASEANの相違に関わる概要を簡単に書きます。何かを考えるときのきっかけになればよいという程度の視点からの記事です。私が東アジアとASEAN13ヶ国を回り得た経験がベースでデーターに基づいていない部分もあり、雑駁な内容になっていることをお許し下さい。
まず日本の医療はアジアでは唯一の国民皆保険制度であり、公的保険と自己負担により診療報酬が賄われています。しかし、多くの他の国では公的保険はあるものの国民皆保険制度の導入は行われていません。公的保険と民間保険の併用や自費での保険外診療が行われており、日本では認められていない混合診療も通常です。公務員や会社員、高齢者や子供、農民等により公的保険の内容が異なる国も多いし、民間医療機関では公的保険を使えない国もあります。
受診の仕組みについてもプライマリー、アキュートにおいては指定された医療機関でしか受診できない国も多くまた診療科別に公的医療機関での受診が決められている国もあります。日本のようにフリーアクセスはなく、いかに日本の国民が医療においては恵まれているのかが分かります。保険制度がしっかりしているため診療報酬がどこの医療機関でも統一されているのも日本だけです。香港のように篤志家が資金を出し、廉価に医療を受けられる医療機関が整備されている国もありますが多くは行きたい病院に行けない国民が多く存在します。
ただ、日本でもフリーアクセスについて課題が提起されており今後は受診回数を抑制する意味もあり先行きがどのようになるのか不透明です。
日本の医療機関数は病院は9,000弱、クリニックは10万以上になっていますが、1,000人当たりの病床数では世界トップ、在院日数はこれも世界トップ、医師の数は下位といった状況にあります。つまり病床が多い分多くの患者さんが入院する機会が多くあり、かつ長く入院している。また、病床が多いために稼働率はベッドの種別により異なるものの80%程度(病床が余っている状況)で、民間病院の多くと公的病院の大半が赤字経営をしている状況にあります(赤字の原因は多様ですが)。医療制度改革においては機能分化と病床削減がいわれて久しいものの病床削減については医療療養病床や介護療養病床の削減が成果を挙げつつありますが他に大きな改革は行われていません。
しかし、病院の明確な機能による区別と、診療所で外来機能を充足させ入院は病院にというながれは紹介制度の強化や紹介状のないときの「特別の料金」が課されるなどの改革が行われます。日本人の医療機関受療回数は年間14回といったデーターもあり、ASEAN各国に比して医療機関に受診する回数が多い状況にあります。各国ではもちろん公的病院においては廉価に医療を受けられるものの、医療機関数や医師数が十分ではないために時間をかけて十分な医療を受けられない状況にあることが一般的です。
なお、簡単にいうと欧米は言うに及ばず東アジアやASEANの一部の国が出来高の診療報酬から「診断群分類別1入院当たり包括支払い制度」(DRG/PPS=Diagnosis Related GroupProspective/Payment System)を採用し始めているなか、日本は「診断群分類別1日当たり包括支払い制度」(DPC/PPS=Diagnosis Procedure Combination/Per-Diem Payment System)を導入しているため、日本は何日入院していても報酬を得られる体制のなかで在院日数がながくなっているといる現状があります。出来高よりもコストは下がるものの入院していれば報酬が支払われる制度をとるのは日本だけという現状を理解すべきです。
自由診療の病院は長く入院していれば報酬は高くなりますが民間保険のカバーできる範囲があり長く入院できない仕組みにもなっていることも他国は在院日数が短い理由になっています。日本は東アジアの国々と同じく病院が医師を雇用する形で運営されていますが、ASEANの民間病院では医師は病院を間借りして診療を行うところが多く、したがって医療費も医師により異なることが通常です。この医師のオペはいくら、彼は幾らといった具合です。
ところで日本は少子高齢化の現状におかれており病院から地域へ、医療介護一体改革のなかで地域包括ケアシステムへの移行が行われています。高齢者は病院ではなく施設や在宅で訪問診療や訪問介護を受けようというながれです。自助、互助、共助、公助という仕組みのなかでまずは自分の自宅で介護や医療を行い、病院からは出てコストを下げろという仕組みです。
こうした制度も働き手不足から行き詰りつつあるし、病院も医師の働き方改革により医師のパフォーマンスが落ちて、というよりも医師に依存する領域が多かったこともあり、医療現場が混乱するという現状にあります。アジアとりわけASEANの平均年齢は20代のところが多く日本の48歳との間に大きな乖離があります。これから彼らの医療は劇的にそのパフォーマンスを挙げ、高い生産性を担保しながら成長していくと理解しています。
病院のマネジメントにも大きく差があります。プロが経営するグループ病院や病院運営は専門の病院運営会社が行い資金はファンドが提供する病院がある国がいくつもありますし、マニラの公的病院では民間病院管理会社に運営を任せようというケースもでてきています。日本の病院にはマネジメントのプロフェッションがおらず、なので赤字病院が多いともいわれています。保険制度に守られた、過去においては護送船団方式といわれた日本の病院運営は、厳しい経済環境を迎え岐路に立たされていると感じます。『収益を得られないHRM(ヒューマンリソースマネジメント)にはお金をかけない』と言った大型病院の幹部がいましたが、一般企業の考え方と大きく乖離しているマネジメントが行われている証左であると考えています。
さて医療の質です。ASEANではシンガポールとタイに注目が集まっています(ASEANの医療を語るときにはこれからの国、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ブルネイは含めません)。巨大なファンドの傘下にあるパークウェイやバンコックグループが有名です。勿論みな株式会社です。エリザベスホスピタルや、グレンイーグルス、サムティベートはASEANに広く展開していますし、ラッフルメディカルグループも精力的に展開しています。その他インドネシアにもシロアムグループがあり、一定程度の活動をしています。フィリピンも含め各国独自に基盤を拡大している複数の病院があります。
医療の質は欧米で学んだ医師が多いこれらの病院では日本と同等以上の医療サービスが提供されているといわれています。日本の医療の質は高いといわれていますが、各国の医療機関も高い質を担保しているところが多く、日本まで治療に来ないという現状があります。
クアラルンプールの日本人医師S先生が「日本人は日本の医療のレベルが高いと思っているけど違う。こちらの医師のレベルは高い」と10年以上前に話していたことや、やはり10年前にサムティベートの会議に参加したところ、医療の質や病院のベンチマークに日本が入っていなかったため、なぜ日本は見ないのと医師に聞くと、「Why should I care about Japan?」全然気にしていない。競争相手じゃないといわれ愕然としたことを思い出します。
日本の医療のポテンシャルは高い。けれども制度の施設基準があり日本は医師が医療以外のことを数多くこなす必要があり、医療に特化できない現実があります。ASEANの医療トップクラスの病院との違いは、こうした状況を生む日本の文化や精神性、医療を大切にする、日本の医療は非営利(配当をしない)であり、株式会社の病院はあるものの株式会社化は認めない、つまり医療はビジネスではない神聖なものとする意識にあるのかもしれないと考えています。
ASEAN各国は一つの大陸であり英語も公用語に近く、比較的往来が容易であるところから医療の交流や患者さんの異動が円滑に行われていることもあり、また言語が英語で事足りることからストレスなく治療を受けられるという声も多くあります。日本の医療のきめ細やかな質は他国に優位性があるものの、富裕層にとってみれば日本に来る必要がないほど他国のアッパーの医療の質は高いという認識があると聞いています。
なお、日本の医療ビザ発行や身元保証機関の選定など他国にない不自由な制度があり、来日して医療を受ける外国人が中国人とロシア人が大半という状況に日本は目を向ける必要があります。結論として日本の医療は中間層においては他国に比して医療の質は高いが、トップレベルにおいては日本とアジアとりわけASEANであっても同等かそれ以下といわれているという現状が浮かび上がってきます。
ホスピタリティについても、ASEAN各国のトップレベルの病院における医療においては日本よりも高く、カンボジアやラオスを除いた各国では、まるでホテルにいるかのような入院期間を経験する日本人も多いといわれます。事実、ミャンマーですらサムティベートと連携した病院やインドネシアのシロアムが運営する高級病院を訪問すると、日本以上のホスピタリティで迎えられ驚きます。
医療そのものに対しては超一流のリスクマネジメントを行っているものの、日本の多くの医療従事者は医療をビジネスとしてとらえていないので、ASEANの医療先進国にみられるような医師や看護師がホテルのスタッフような対応を行えるかというと難しいところがあります。
思いつくまま走り書きをしましたが、まだまだ整理すべき事項があることが分かります。これからも日本の医療とアジア、ASEANの医療の現状を把握しつつ課題を発見、できる領域における解決のための活動を国内外で行っていくことが私たちの望みです。
とはいっても構造的な領域が多く、なかなか課題解決は難しそうです。少なくとも日本と東アジア、ASEANとの医療の交流を通じた日本の海外における貢献や、海外で刺激を受けた医療従事者の日本における活動支援を行うことで日本の医療に不足するところを少しでも補足できるよう努力して行きたいと考えています。(文責:石井友二)
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