
1.はじめに
当社は、日本の優れた医療とASEANとりわけベトナムにおける医療との交流を図ることで日本の医療環境や医療提供体制において発生する課題解決を行うことを目的として設立されました。当社設立前に、我々は東アジア4ヶ国やASEAN(東南アジア諸国連合)の10ヶ国を5年かけて訪問し64病院の視察を行うとともに、2016年にはベトナムホーチミン市1区で、小児科クリニックに出資を行い現地でのクリニック運営に関わった経験があります。そうした活動を行うなかで、今回のプランが生まれた、という経緯があります。以下、日本の医療の課題やベトナムの医療の課題、そして当社の目指す事業の方向について説明します。
2.日本の医療の現状
日本の医療はいくつかの変遷を経て大きく発展してきました。日本人が持つ特性にも影響を受け、おしなべて高い医療の質が担保されています。少子高齢化のなかで、医療提供体制においても急性期から回復期、慢性期、在宅医療のそれぞれの業態において時代に合った体制整備が行われ、比較的合理的で質の高い医療サービスが提供されるながれが継続的に構築されているのです。慢性期の高齢者のための在宅医療においては、介護制度との連携のなかでさらに肌理の細かい仕組みづくりが行われ、医療における機能分化や在院日数短縮の政策に併せた地域包括ケアシステムは、高齢者の生活支援への理想を求めた日本の医療介護の帰結だと理解しています。
3.日本の医療の課題
日本の医療の現状は少子高齢化やそれに伴う財政逼迫を前提とした環境において、その都度の最適化を目指して工夫されてきたものの、急激な人口減少は今後の医療制度にも大きく影響を与える問題として存在し続けています。出生率の長期にわたる低減傾向は止まることはなく人口減少は勢いを増しています。少子高齢化による労働人口減少による一人当たりGDPは今後減少し続けることは明らかであり、税収の減少により一般会計の歳入減少、高齢者増加に伴う社会保障費の歳出増、それに伴う国債の発行増や利払い増により日本の財政は大きく逼迫しています。国は今後歳入と歳出のバランスをとるために歳出を減らす政策をとりますが、そのためにどうしても増加する社会保障費の抑制を行う必要があります。医療への給付は益々圧迫され、医療環境を悪化させるなかで医療提供体制が維持できない現状を招くことは明白です。一方働き方改革により医師を始めとした医療従事者の職場環境整備を行うことや医療従事者不足から、現場では人手が足りずコスト増のなかで医療機関の経営は益々圧迫される状況にあります。2040年以降は高齢者人口すら減少し、国民全体の人口減少と相まって、益々医療機関の運営は厳しいものとなってくることが予想されています。世界で最も優れた国民皆保険制度のなかで、整備されてきた医療提供体制のなかで、日本国民は医療は廉価に享受できるものとの意識が蔓延し、自身の健康管理を怠ってきた時代があります。どこでもいつでも医療が目の前にある仕組みは国民の効用を高める一方、受療率のアップやコンビニ受診がブーメランのように回りまわって、国民自らの首を絞めることに気付いていない状況にあります。もちろん政治の失敗からながくデフレが続く日本では、国民の可処分所得は30年前を下回る現状にあり、国民の生活も困窮しています。そのようななか多くの弱者が生まれ思うように医療を受けられない国民が増加していくことも事実です。医療現場では、こうしたいくつかの課題を、制度改革やDX化や生産性向上などを通じて、なんとか打開しようと努力していることは確かですが、問題が多様で複雑なためにそうした改革や改善が実態に追い付いていません。それどころか状況は益々悪化していると理解せざるを得ない現状にあります。
4.ASEANやベトナムの経済現状
ASEAN(東南アジア諸国連合)は、陸のASEANであるタイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムと、海のASEANであるシンガポール、マレーシア、インドネシア、ブルネイ、フィリピンにより構成される10ヶ国の連合体です。EU(欧州連合)の人口4億5千万人に対し、ASEANの人口も6億8千万人となりアジア・オセアニアのなかでもインド、中国についで大きな経済規模をもっています。日本は一人当たりGDPにおいてシンガポールやブルネイの後塵を拝していますが、まだ大きな隔たりはあるものの徐々に経済成長を遂げているタイを筆頭に一人当たりGDPの差を詰められている現状にあります。
5.ASEANとベトナムの医療状況
ASEANには大きな医療グループが勃興してきています。マレーシアでは三井物産が出資する投資ファンドIHHヘルスケアが著名です。IHHは、マレーシアに本部を置くアジアで最大の民間医療企業であり、マレーシア証券取引所およびシンガポール証券取引所に上場しています。IHHはアジアで最大の病院経営者としてクアラルンプールのInternational Medical Universityを経営しており、トルコ最大の民間医療企業Acıbadem Healthcare GroupやParkway Pantai社を所有しています。IHHはASEANではシンガポール、ブルネイ、マレーシア、ベトナムで、その他、中国、香港、マケドニア、インド、イラク、トルコ、UAEにおいて民間病院を運営し、25,000人以上を雇用しています。タイにはタイ最大の病院グループ、バンコク・デュシット・メデイカル・サービス・グループがあり160万人のインバウンド患者を集めるだけではなく、系列のサミティベート病院は、ミャンマーやカンボジアに事業展開をして多くの患者支援をしています。この他、ASEANにはシンガポールにおけるラッフルズグループや、インドネシアにおけるシロアムグループがあります。また、シロアム国際病院はインドネシアの財閥であるLippoグループと、アジア最大の病院グループとなったIHHヘルスケアの子会社による共同出資によりシロアム・グレンイーグルス病院として設立され、買収や開院などで規模を拡大。シロアム国際病院として株式会社化、後にインドネシア証券取引所に上場しました。首都ジャカルタエリアに15か所、それ以外の地域・島で26か所の病院を運営しており、総病床数8500のインドネシア最大の病院グループです。さて、ベトナムですが、ベトナムにはフランスベトナムやドイツベトナム他、海外の医師が運営に関与する病院は複数あり、民間の病院もいくつか運営されています。。VINMEC国際総合病院グループは大手不動産開発のビングループ(VinGroup)傘下にあり、ハノイ、ホーチミン、フーコック、ニャチャン等、自社で開発したエリア内部に病院やクリニックを設置しています。また、ベトナム最大の民間医療機関グループであるホンマイ病院グループ(Hoang Mai)は現在では6つの病院(ダナン、ダラット、ビエンホ ア、ホーチミン(サイゴン)、カントー(ミンハイ、クーロン))と1つのクリニッ ク(ホーチミン(タンビン))を運営しています。しかし、医療インフラは脆弱で1,000人当たり病床数は2.6となっており、日本の13.0と比較すると大きく見劣ります。また、ベトナムにおいては都市部と地方での偏在も著しいなか、人口1万人に対する医師数は11.9人であり日本の23人の半数、看護師数に至っては1.24人と日本は11.5人の約9分の1となっています。多くのASEANで勤務した日本人医師と話すとベトナム人医師の医療レベルは低く、ベトナム人の多くは海のASEAN各国に見られるように、シンガポールにあるIHH傘下、parkwayのマウンドエリザベス病院に渡航し治療を行っています。同病院を含めベトナム人のシンガポールにおける医療費総額は2,000億円ともいわれており、巨大なマーケットになっています。ベトナムの100万ドル以上の富裕層は10万人を超えたといわれていて、日本の1億円の金融資産をもつ富裕層140万世帯からみるとまだまだ小さいボリュームではありますが、富裕層人口増加率は世界3位であり、これからも富裕層やその近辺にいる人口が増加することは疑いの余地はありません。
6.ベトナム医療の課題と日本の医療の課題の解決
経済発展が目覚しく、また富裕層も増加しているベトナムにおいて、医療水準は高くありません。日本の医療支援が求められる現状にあります。過去、ベトナムの医療は医療ビザを必要としないASEAN各国、とりわけシンガポールに依存するところが多くありましたが、自国での医療についても民間病院グループを軸に徐々に体制が整備されています。直近においては国民皆保険制度を志向し、多くの資源を取り込みながら制度整備を進めています。しかし日本の医療との間にはまだまだ埋めきれない溝があることは事実です。そのようななか、日本の医療は医療従事者不足や患者の高齢化、ゆくゆくは患者の減少といった問題に直面する現状にあります。もちろん、縮小均衡といった道はありますが、日本の医療資源を十分に活用した外国人向けの医療についての取組みを行うことにより、医療の現状を維持し、また収益源を確保することができると考えています。そうはいうものの、いままでは日本の医療におけるインバウンドが上手く進んでいない現状がありました。その理由として、日本人の治療を優先する方針、日本人と異なる思考経路への不適合、語学の壁、距離が遠いといったものがあります。ベトナム人は親日であり、他のアジア各国と同じようにインテリ層は比較的日本人に近いビヘイビアをもって生活しています。事実多くの医療機関が保険診療や自由診療において、ベトナム人を受入れその規模を少しずつ拡大している事実もあります。交通手段が多様な現状において、いまや語学の壁が大きく現場に立ちはだかりますが、医療通訳の確保や医療機関職員における語学教育を通じた改善は可能です。当社は、日本の医療機関がベトナムの医療機関と連携し、外国人患者を受け入れる機能を持つことが、日本の医療課題の一部を解決する一助となるのではないかと考えています。
7.ベトナムへの日本の医療提供の可能性
国債医療福祉大学は、ホーチミン市のチョーライ病院に健診センターを寄贈し、国際部の医師が読影支援を行っています。カンボジアやインド、ブルガリア等において日本の医療機関が病院を展開するとともに、多くの日本人医師が海外で医療サービスを提供していますが、日本においても海外の医療機関との連携のより一層の推進や、遠隔診療、セカンドオピニオン、日本での治療や健診ニーズ、自由診療ニーズへの応答を行える可能性は大きいと考えています。日本の優れた医療をこれからさらに経済成長するASEAN、とりわけベトナムにおいて提供していくこと、場合においてはベトナムに日本の医療リソースを活用したサテライトを数多く展開することができれば日本の医療の質を広く活かせるのではないかと期待しています。
8.まとめ
日本の優れた医療をASEAN、とりわけベトナムに提供し、また日本でベトナム人の健康管理や保険診療、自由診療にて一定の治療を行う体制をつくることが当社の思いです。日本の医療の課題、そしてベトナムにおける医療課題の解決に少しでも貢献し、以て両国の経済発展に資することができればこれほどの喜びはありません。多くの日本の医療機関及びベトナムの医療機関との連携やパートナーシップを進め、目標達成のために努力を重ねていく所存です。
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